#089.伝説のかぼちゃ男

 かぼちゃ男は怖い。頭がデカくてまんまるで、目は吊り上がり、口はギザギザ裂けている。
 秋が深まる夜に、どこからともなく現れ、生卵を投げつけて追いかけてくる。こいつに捕まると、どこかへ連れ去られてしまう。かぼちゃ男に捕まって行方知れずになった子どもらが何人もいる。
 未就学児のころにこのような話をされればビビり、夜に便所へも行けなくなってしまい、寝小便必須習慣化。がしかし、好奇心というものも旺盛で、怖さ半分、かぼちゃ男見たさ半分で「かぼちゃまつり」に参加したのであった。
 いまから半世紀もっと前、お袋は生まれたばかりの妹を負ぶい、よちよち歩きのおれの手を引いて米軍基地の街に上京した。暮らしたのは、周囲を米軍ハウスに囲まれた二軒長屋であった。  
 秋のある日、お袋は近所のおばさんから「10月の終わりの夜にアメリカ人の子どもたちが来るよ。お菓子あげないといたずらされるからね」と聴いた。要求にこたえないと、石を投げられ窓ガラスなどを割られる、とのことであった。
 はたして10月末の夜、アメリカ人の子らが大勢、二軒長屋を訪れた。お袋は子どもたちに、なにをあげたらいいのか悩んだそうだが、草加煎餅をはだかのままあげたそうだ。
 それから数年後、近所のお兄さんに先導され、おれも「かぼちゃまつり」に参加するようになった。10月末の夕方から、街中の米軍ハウスを練り歩いたのである。
 アメリカ人の子どもたちに混じって、日本人の子らもちらほら。ハウスの玄関ドア前で「チクチー」と叫ぶことを教わった。すると、ハウスからママさんやパパさんが出てきてお菓子をくれるのである。玄関先で「チクチー」の正しい発音について指導を受け、何度か復唱させられてから「グーッド」などと頭をなでられて日米友好なのであった。
 かぼちゃ男の出現に怯え、ぽこちんが縮み上がりながらも、街中のハウスを2、3時間も歩き回ると、持参した等身大頭陀袋がいっぱいになるほどのお菓子をもらえた。それらは、日本の駄菓子屋などでは手に入らなかったアメリカのガムやキャンディーやクッキー、チョコレートなどであった。
 アメリカのお菓子は、すべてカラフルなアルファベット文字の包装紙に包まれており、ふしぎな薬品のような甘さが魅惑的であったのだ。
 毎年、その晩は眠らずに待っている妹にも分けてあげて、年末まで大事に食べたものであった。
 やがて小学校に上がって3、4年後、学校から「かぼちゃまつりへの参加は禁止します」とのプリントが流布されるまで、秋の夜の出来事だった。しかし、伝説のかぼちゃ男にはついぞ会えずじまいなのである。