米軍基地の街にはライブハウスが3つあった。そのうち2店が、いわゆる夜の繁華街に位置していた。
おれのBANDは、ガルルル系のロックンロールで、ロン毛長髪系ではなかったので、いいお兄いさんらからよく声をかけられていた。「困ったことがあったら、なんでも言ってこいよ」的に。はあ、ありがとうございます、と答えるしかないのではあったが。お兄いさんらはライブにもよく来てくれた。
あるとき、熱海で納会があるので、お兄いさんのところの「若い衆」として参加してくれぬか?との依頼を受けた。熱海のホテルに行って、温泉入って、宴会場で飯食って、一泊して翌日に帰ってくるバイト、とのことであった。曰く「おまえのBANDのメンバーでもいいからよ、長髪じゃない奴いるだろ?5人頼むよ。小遣い10万やるからよ」と。…ひとり頭2万円、ということだ。
ヤバいのではないか?とも思ったが、BANDメンバーではない周囲の関係者に話したところ、これがさっさと5人集まってしまったのであった。
ハイエースで熱海の有名ホテルに到着。早速、宿泊の部屋に通された。そして、浴衣丹前に着替えさせられ、お兄いさんの若い衆にその着こなし立ち居振る舞いについて徹底的に指導いただき宴会場へ赴いた。
すると驚いたことに、その宴会場とは、数百キャパの大大大大宴会場であった。し、しかも、そこはお兄いさんが所属している組織の方々で満杯状態であったのだった。畳の間、宴卓に座ることしばし、納会が始まった。
冒頭、舞台緞帳前に立った短髪こわ~い顔をして極端に痩せた方が注意事項を述べた。…今日明日の二日間、館内での行動振る舞いには細心の注意をはらうように。ホテルの皆さんの迷惑になるような言動は一切禁止。万が一、問題が生じた場合は、各責任者帯同で本部へ出頭となる、とのこと。カンペなし、ただただ淡々と無感情の口上であった。
そういえば、宴卓の筋々に、同様の風貌をした方々が鎮座しており、ときどき語気つよく私語などについて注意を与えていたのであった。だから、数百人満杯の会場は、咳払いひとつない静寂さ。やがて、飲食が始まったが、響き聞こえるのは食器の触れ合う音、咀嚼音のみ。ただただ静謐が維持されているのであった。
そして始まったのが余興公演。客電がやや落ち、舞台緞帳が上がるとともに演奏が始まった。黒タキシード姿のドラム、ベース、ギター、キーボード、サックス編成であった。そ、そしてそこに登場したのが、日本歌謡界を代表する重鎮、伝説の名ボーカリストであったのだ。冒頭2、3曲は、それが現実に面前で起こっていることを受け入れられず、ただ呆然とするのみだったのね。…あたりまえではあるが、すっごくいいステージであった。
まるで夢のような熱海一泊二日ではあったが、お兄いさんからはまだ10万円をもらっていない。 つづく