#055.自由業の履歴書④走れ

 朝8時過ぎの電話で起こされた。昨晩は三連休直前のライブがあって、その打ち上げで明け方まで酒を飲んでいたのだ。
 「おい、ひとり来てねえぞ」電話の主は怒っている。三連休通して家屋解体現場にバイト3人を派遣しており、その日が初日であった。ひとりスッポかしたのだ。
 電話が鳴ったとき嫌な予感があったので、無視して電話に出なければまだ寝ていられたものを、と悔やんでも遅い。他のスタッフら皆は、人手不足でバイト派遣先プラス要員で、それぞれの現場に出ていたのでなす術なし。まだ酒臭いし、太陽はまぶしく痛かったが、その社へ急行するしかなかった。
 「おめー、三日連続で来いよな。こういうのはチームワークが大事なんだからよ」その会社の番頭格にスゴまれて、社名ロゴ入りヘルメットと上着を渡された。
 番頭さんに連れられて現場に到着。どうやら平屋家屋の解体作業のようであった。その家は袋小路の突き当りにあり、ダンプカーへの廃材積み込みは、その嵩の目処をみて行う工程のようであった。社名ロゴ入りダンプは平屋から100mほど離れた空き地に止められていた。
 すでに屋根瓦はほぼ剥がされており、数人が脚立伝いにそれを降ろしている最中。
 こんな現場、手壊しでやるなよ。重機くらい入れろよ。非効率で時代遅れなんだよ。えらそうにカッコつけて派手な社名ロゴなんかつくるなよ、と思ったが、そのようなことは言えない。
 「建具サッシは積み荷の煽りにするからよ、壊さないで外せよ」番頭さんの指示で雨戸、内窓を外していった。それにしても部屋内の家具は整然としているし、カーテンもちゃんとある。ものの二時間で建具サッシ類の取り剝がしも終えた。
 昼前の小休止時、最近ではこのようにまだ充分に使えそうな家でも建て替えるのか?家具だってちゃんとしているし、もったいないですよ、と誰かが言った。たしかに、平屋とはいえ、おれの住む1Kアパートなどと比べてもずっと立派な建付けに思えたのだ。「そんなこと知らねえよ。だいいち、このご時世に平屋庭付きなんてもったいねえだろ」と番頭さんがタバコの煙を吐きながら言った。
 昼飯時、人数分の弁当を持ってその社の社長が現れた。が、なぜか近寄ってはこず、やや離れた場所から手招きしている。いよいよ家具類を庭に出す作業をしていた番頭さんがそれに気づき「あ、おつかれっす。順調ですよ」と大声を出した。しかし、それでも社長は近寄らず、さらに大げさに手招きしている。
 埒が明かない、と思ったのか、弁当の荷を地面に置いた社長が小走りに近づいたきて言った。「ばかやろう、デカい声だすんじゃねえよ。家が違うよ。一軒隣だよ。皆呼べ」路地を戻りだす社長。「走れ。ばかやろう、ヘルメットとって走れ」社長が振り向いてそう言った。  つづく