米軍ハウスに居候させてくれた友人は、サウナ風呂の従業員アルバイトを始めていた。電気ガス水道強制停止処分を打開するために、だ。
どういったいきさつでそうなったのか、は不明だが、そのバイト先関係者との縁で、奴は闇のポーカーゲームにはまってしまった。闇ではあるし、非合法で射幸性のたかいテーブルゲーム機に、である。挙句の果て、サウナの売上金を持って遁走。行方知れずになってしまったのだ。米軍ハウスの賃借主は、その友人であったので、ほぼ強制的に退去させられてしまった。
サウナ風呂経営者も、従業員がいなくなってしまい困っており、渡りに船ということで住み込み従業員として、おれを即座にスカウトした。「行き場所がないんだろ」と。そして、サウナ風呂住み込み従業員となったのである。
近ごろのサウナ風呂方面は、いわゆる体に絵が描いてある人々は入店できないようだ。しかし、そこは米軍基地の繁華街にあるサウナ。客のほぼ半分は倶利伽羅紋紋のお兄いさんら、といった店であった。
とはいえ、そのお兄いさんらは、ただ単にサウナに入りに来るだけなので、静かでおとなしいだけなのだ。減量目的のボクサーではないので、入浴中は副交感神経がはたらいているようで、皆々やさしく紳士的であった。
営業は午後11時までで、その後、毎日店内清掃と広い風呂場掃除。これを、ひとりでこなして翌日午前11時の開店に備える。この作業が終わるのがほぼ午前2時。風呂屋なのだから風呂には入れるし、店内は一年中エアコンが利いていて快適。作業終了後に楽器の練習をしてもOKとの条件をもらっていた。
そのうち、バンドメンバーを閉店時間に来させるようにして、風呂場掃除を手伝わせてから客間で練習するようになっていった。サウナ風呂付き練習スタジオなのだ。朝方まで練習して、そのまま客間のソファーで、開店寸前まで寝ていても大丈夫なのである。
そのサウナの二階がマッサージ・フロアになっていて、週三日、営業時間にマッサージ師が通ってきていた。弱視の「おだかさん」というお爺さんであった。外でも店内でも、器用に白杖をつかって歩く人気のマッサージ師であったのだ。しかし、その「おだかさん」が急に亡くなった。
すると、バンドの練習を終えて客間で寝ているメンバーらが、金縛りにあうという事態が頻発した。曰く「おだかさんの呪いだ」と。
事実、おれも金縛りにあった。そして、だれも皆、二階のマッサージ・フロアに続く階段には近づかなくなっていたのである。
折からの高度成長期。米軍基地の街にもそのあおりで地上げ再開発の余波があった。いつもと違って、怖い顔をしたお兄いさんが入浴ではなく催促交渉に通ってくるようになっていた。そして、あえなく廃業閉店となってしまったのだ。
いい練習スタジオを失ったことが残念で、残念でならなかった。 つづく