#112.とらおくんたち外伝、はなぐろの一生

 むかしは、どこにでも野良犬がたくさんいました。高度成長期にあった日本の都市部にもまだ野原空地がたくさんあったからでしょうか。野良の犬たちは、ときに群れをなして、そこらを堂々と歩き回っていたのです。
 それを駆除しようと「犬さらい」という地域行政による行為もよく目にしたものです。長尺棒の先に丸い輪っか状の金属紐がついていて、それで野犬を捕獲、殺処分していたのです。
 とらおくんたちが暮らした実家あたりでもそれがありました。その中に、なんとかさらわれることなく生き延びた雄犬がいました。近所のひとたちは「はなぐろ」と呼んでいたようです。白毛基調の顔面にあって、鼻口周りが黒毛だったからそう呼ばれたのでしょう。
 はなぐろには、たくさんの親兄弟姉妹親族がいて、近所の土建会社プレハブ作業員宿舎を根城にしていました。そこは「飯場」といわれていた場所です。
 あるとき、はなぐろたちが集団野良状態で歩き回ることに近隣から苦情が出ました。そして、土建会社の責任者がはなぐろたち全員を処分することになったのです。直線距離にして10㎞も北東部にある貯水池周りに、一家全員十数匹を遺棄してきたそうです。
 ところが、その遺棄された中から、まだ幼かったはなぐろたち、兄弟姉妹と思しき子犬数匹が「飯場」に帰還したのです。戻ってくるのに遺棄されてから2、3か月かかったそうです。それを称賛した近隣では、その数匹を、暗黙の了解として地域犬としていたようでした。
 はなぐろが引き連れた犬たちを見ると、近所のひとたちがエサを与えるのです。しかし、用心深いはなぐろは、すぐに寄ってきたりせずそれを遠目で見ており、やがて本人のみがそのエサをとりに来る。はなぐろはその食べ物を咥え、仲間たちのところへ運び、みなに食べさせていたそうです。数匹はよく統制がとれていて、全員が用心深く歩き回っていたようです。
 しかし、やがて一匹減り、さらにまた減り、とうとうはなぐろは単身の地域犬となったのでした。それでも地域の人々に見守られ、長年にわたって野良状態で歩き回っていました。
 「はなぐろ」などと声をかけても、立ち止まってこちらを見るのですが、近寄ってなどきません。「なにか食いものでもくれるのか?くれるんだったら、さっさとそこへ置け」といった具合にじっとこちらを見ているだけなのでした。
 やがて、はなぐろも年を取り、黒かった鼻口周りも白くなっていったようです。そして、近隣の有志家が面倒をみることになり、晩年になり晴れて飼い犬となったのでした。リードに繋がれ、年老いたはなぐろが散歩しているのをよく見かけました。
 はなぐろは生まれた地でたくましく生き、その生涯を閉じたのでした。