#111.とらおくんたち⑥茶黒まじりのミー子

 実家の車庫南前には、歩道があって、すぐに車道があります。歩道には自転車が、車道には車の往来が多くあるのです。なので、この道を横断しようとする野良猫の轢死が多くありました。
 あるとき、反対側の南歩道からこちら側に横断を試みた猫の事故に遭遇したことがあります。車にはねられたその猫は、なんとかこちら側までたどり着きましたが、家の前の歩道上で倒れました。ほぼ即死状態。白黒ブチの成猫でした。気の毒に思ったおれは、奴を白いバスタオルにくるみ、市役所に連絡しました。すると、その電話に出た担当者が「あっ、どうも、いつもありがとうございます」と言うのです。
 聴けば、うちの前でそういった事故がおこるたびに、お袋が轢死した猫をバスタオルにくるんで市役所に連絡していたとのこと。お袋が他界して、ずっと後になってから知った話です。
 瀕死状態から脱したミー子とはいえ、お袋の看護は手厚かったようです。
 ペット・クリニックで処方された薬をミルクに溶かし、根気よくスポイトでミー子に与えていたとのこと。そして、しばらくの間、夜は自分の布団の中に抱いて寝たそうです。
 その甲斐あってからか、何度目かの通院時、獣医から「これで大丈夫でしょう」とまで回復したのでありました。
 茶黒まじりの雌子猫。「むかしから、うちの猫はチーかミーなんだよ」とのことから、ミー子になったと思われます。
 チー坊用とは別にあてがわれた、ミー子用の猫砂トイレ、エサ皿、水飲み皿を配置する場所はチー坊用のそれとはまったく別。チー坊は台所隅、ミー子は玄関から入って廊下の奥でした。
 これまた、親父がミー子にも、お座りとお手とおかわりを仕込んでいたようですが、ミー子はそれを習得することはありませんでした。当然です。猫ですから。
 よく言って聴かせたからでしょうか、チー坊はミー子となかよくしていたようです。まあ、基本的には二匹とも無表情ぶっきらぼう的なのですが。チー坊を呼んでもミー子を呼んでも、いつも一緒に走ってきました。
 行き倒れて病の猫をなんとか救う。お袋としては、これはきっと、想像する自分の予後に重ね合わせての行動だったのではないか?と思われます。
 結果、目に遭ってしまったのは親父です。二匹の面倒をみなければならなくなったからです。猫砂トイレを二つ、陽当たりのいい日中にいつも干していました。エサの時間になると、チー坊から先に、それが済むとミー子にそれぞれの場所で与えていました。もちろん、お手とお座りとおかわりの修練後にです。
 親父は、たった二匹とはいえ猫屋敷化した独居の家で、最期まで二匹の面倒を見続けたわけです。 おしまい