#109.とらおくんたち④出世猫とらおくん

 SSBのおれが住んでいたのは旧米軍ハウスです。かつて、アメリカ軍横田基地内に住みきれぬ兵隊軍属たち用に造成された安普請、歴史の産物です。ただおれは、なにも好き好んでハウスに住んでいたわけではありません。ハウスなんて、まったく暮らしづらい建造物なのでした。
 アメリカ人むきにつくられていますから、畳の部屋なんてありません。窓は高い位置にありますから湿気が多い。部屋数は多かったのですが、それらがすべてドアで仕切られています。4LDKもありました。音楽活動に必要な楽器類や音響機器を収納するスペース確保の必要から、やむなく住んでいたという事情です。
 その仕事場兼住居のハウスに通ってきていた女がいました。おれの、売れないSSB音楽活動を手伝ってくれていた女です。
 その女が、夏や正月に北関東の実家に帰省する際、とらおくんを連れて帰ってくれたのです。おれが餌をやったりやらなかったりしていることを見かねて、という理由からでした。しかも、真夏や年末年始は演奏活動でハウスを留守にすることが多く、ということからしてもとても助かりました。
 とらおくん移動用に、バスケットタイプのケージを買ってあげました。移動中、とらおくんは、ケージの中でまったくおとなしくしていたそうです。
 ところが、です。毎夏正月の帰省に帯同してくるとらおくんを、その女のおとーさんが気に入ってしまったのです。「この猫はいい猫だ。虎模様がきれいだし、尻尾もピンとしている。なによりも、すごく利口だ」と。そして「とらおくんをうちの猫にしたいから、くれ」となったのです。女の実家は、北関東で歴史のある大店でした。
 野良猫から一介のサラリーマン宅住まいを経て貧乏ミュージシャンSSBの飼い猫に、そして大店の飼い猫になるのですから、その申し出に反対する理由などまったくありませんでした。ただ、是非とも、とらおくんを「くん付け」もしくは「さん付け」で呼んでいただきたい。そうお願いしました。
 楽器車でケージに入ったとらおくんと女を福生駅に送り、とらおくんと別れたのです。とらおくんは、晴れて大店の飼い猫に出世したのでありました。
 しかし、事後報告のかたちでことの成りゆきを知ったお袋ががっかりしたのは不覚でした。…そうですよね、お袋は月に二、三度とらおくんとの逢瀬を楽しみにしていたのですから。無理もありません。
 そして、ある日のこと。お袋を見舞おうと実家の玄関に入ると、奥から鈴の音が近づいてくるのです。なんと、猫でした。とらおくんが車庫に居ついたころと同じくらいの大きさ、まだまだ生後間もない子猫のようでした。
 すでに首輪もつけられており、鈴はその首輪の前部にありました。お袋によって「チー」という名前もつけられていたのです。抱こうとすると、一人前に背中の毛を逆立てて威嚇の仕草などするので、額に噛みついてやりました。 つづく