【惨事:目を覆いたくなるようなむごたらしい出来事】
突然テレビが点かなくなった。何年かに一度こういうことがあるのだ。デジタル機器にしばしば起こる事象と思われたのですぐに対応した。テレビの電源を抜いてしばらく放置、そして電源を入れなおせば、まるでなにもなかったかのように正常化したのだった。
しかし電源の差し込みが、本棚の裏側にあるので、本を取り出す。そうすると積み上げた本が崩れ、ガラス製のペン立てが落ちて割れ、ギターが倒れ、部屋はガッタガタに散らかり大ごとになってしまった。さっさとビール飲もうと思っていたのに、あたりはゴミ埃だらけ、かたつけ&掃除大会になってしまった。真夏の夜のトホホ状態。…しかし、こんなことは惨事とは言えない。
インターネットのルーターなどでも、たまにこういうことが起こる。上記同様方法での再起動のやり方をひとに教えてやったら「神だ」などと言われたことがある。インターネット環境に日常生活丸ごと依存していたら、それはテンパるわけで、こんなアナログな解決方法であることに驚いたようであった。…しかし、こんなことも惨事などとは言えない。
むかし昔、世間ではカレーテレビが一般化していたのにもかかわらず、うちではずっと白黒テレビのままだった。カラーテレビを買う金がなかったのかもしれないが、親父が意地になって白黒のままにしていたような気もする。
そこにNHKの集金人がやってきて、いつも玄関先でお袋に「本当に白黒のままですか~」などと小言を言っていた。カラー受信料が白黒受信料より高額だったからだ。ご苦労なことに、NHKが受信料を各家庭戸別訪問で集金していた時代の話だ。
ある日の夕方、やってきたNHK集金人がいつものように、玄関先で嫌味タラタラとカラー化の是非を質した。申し訳なさそうに素直に受け答えするお袋。そして、それを偶然居間にいた親父が聞いてしまったのだ。
激怒した親父は、やにわに玄関に飛び出し、集金人の襟首をつかみ、二軒長屋の居間に引きずり込んで「これがカラーか白黒か見てみろ」と座らせた。
気の毒なことに、すっかり消沈した集金人はそれからしばらくの時間、居間に座らされた。しかも、親父の酒の相手をさせられ、白黒映像で大相撲中継を観なければならなかったのであった。
集金人のおっちゃんは、重そうな黒い集金カバンを持っており、ちゃんとネクタイ背広姿であった。当時の親父よりはやや年上と思われ、白髪交じりで黒縁の眼鏡をかけていた善良そうな中肉中背のひとだった。
おっちゃんにとっては、一生消し去ることのできない記憶であろう。その後、悪夢にうなされることもあったであろう。…これは惨事か?いや、こんなもの惨事ではないのである。 つづく