後輩SSWが涙目で訴えた。SSWはシンガー・ソング・ライターね。ドッsoloのアコースティック・ギター演者の後輩。「彼女が、赤ん坊を乳母車に乗せていたんです」と。涙で目が霞んで二重に見えたのか、乳母車にはふたり乗っているように見えました、とのこと。
彼女とは、かつておれがやっていたライブハウスの看板娘のこと。後輩は、その女の子に恋をしてライブ出演を続けていたのであろう。それは、ずっとわかっていた。そうか、あの子は双子を産んだのか、と知ったのであった。
キャパ50にも満たないライブハウスのフロアには華が必要だった。バイト情報誌に求人広告を打って、おれ自身のライブ当日にそのキャストの選抜を目論み、面接を設けた。ステージの上で歌ったおれが、自ら選んでいたのである。もちろん、冒頭の受付面談や紙面上やりとり、および客席での観察には別の人員を配してのことで、である。
しかし、そのような差配はまったく必要なく、歌っていてもうその子に決定した次第であった。迷うことなくダントツ、もうこの子しかいない的に。シャープ体形で、利発そうで、チャーミングな女の子。そして、彼女は店の華になった。
同時に、ライブハウス運営上のウィーク・ポイントもズバリ「女」だ。これは、バンド活動においても同様で、それら組織が壊れる最大の原因はこの一点に尽きる。メンバーやスタッフ間の揉めごとは、ほぼ異性問題が起因。女が多数のパーティーだったら「男」ということになる。女同士でも恋愛問題で揉めるのだ。
なので、バンドでもライブハウスでも「客を含め、周囲異性との個人的付き合いは厳禁」と、冒頭から通達していた。つねづね約束させていたのだ。
そのもの言いをうさん臭く思ったやつらもいたとは思うが、一緒に運営活動していく上において、とにかくそれが最低必須条件としていたのである。
どうしてか?それは、こうである。恋愛感情などというものは、不意の突発的衝突事故みたいなもので、いつでもどこでもどんなときにでも生じるものだ。そんなことはわかっている。がしかし、積極的なそれと、自制しているときのそれには大きな温度差が生じるはずだ。一緒に運営活動していくのであれば、その節制に賛同を得たい、ということであった。…これ、わかりづらいお題目ですかね。
要はね、バンドでもライブハウスでも、そこにステディーな関係性が芽生えると、その周囲は敏感にそれを感じとる。すると彼彼女らは一気に冷める。そして、興ざめて、われわれが運営する場からさっさと引く。それも、個々にではない。その数は、まとめて10や20といった単位で、だ。それは運営上まったく好ましくない状況であり、事前に避けたい事態なのだ、と。
「ばかやろう、芸事に政治を持ち込むな」と先輩に怒られたこともあったが、突如スカスカになる客席は徹底的に辛かったのである。しかも、何度もね。
後輩SSWに適度な距離感を保って双子を産んだその子は正しい。幸多かれ。