#073.誤植、上

 テーブルの上に中元進物オーダー表があった。それを見た甥が「これは誰?どんなひと?どんな関わりなの?」と矢継ぎ早に細かく聴いてきた。おまえはいちいちくんか、とも思ったがそれら関係者についての説明をした。
 その中に、この二十数年お世話になっている先生の名があり、進物送り先は先生の事務所になっていた。その頭書き屋号を見た甥が「…どうして先生の名前と事務所の名前が違うの?」と言うのだ。そんなはずはない、とオーダー表を見てびっくり。先生の苗字にある「中」の一文字が屋号では「平」となっていたのだ。先生名屋号御中の下に印字されている先生名は正しかったのだが。誤植だ。
 ということは、この二十数年盆暮れ毎回、のべ五十数回連続でポンコツこいていたことになるではないか。ショックだった。「へへ、やらかしちゃったね」と甥がせせら笑った。甥には、ひとの名前文字を絶対に間違えてはいけない。取り返しのつかない事態にもなる。場合によっては、怨恨を残すことにもなりかねない。などと、普段から偉そうに話していたのだった。
 以前、苗字に「髙」の字がある女優さんが主演するドラマ脚本を「高」の字で印刷してしまい、出演者やスタッフ全員に本を配り終わってから指摘されたことがあった。おれは、そのドラマの音楽担当&収録現場責任者だったのだ。
 女優さん本人は「よくあることよ」と許してくれたが、女優さんのマネージャー、所属事務所のスタッフらが許さなかった。「彼女は名前で飯を食っているのだ」と。そして、二度とその女優さんの現場には呼ばれなくなった。
 後輩が、茨城の最北部にある実家近辺で結婚披露宴をすることになり、おれとおれのタニマチ、おれの幼馴染が出席した。幼馴染はその筋の現役者であった。
 そいつは当時、親分の運転手をしていたので、365日24時間臨戦態勢の日々。親分に許しをもらって久々の前ノリ一泊プライベート旅を喜び、自らメルセデスでの運転を買って出た。
 ところが、披露宴会場の席次表および席に置かれた祝い名札の文字に誤植があったのだ。名前の中の一文字「善」を「喜」と違えていた。
 それを目にした本人は「帰る」と言い出し、とっとと席を立って宴会場の出口に向かった。それを追いかけるおれとタニマチ。何度も何度も説得し、頼み倒し、なんとか引き留めたのであった。しかし、席に戻ったそいつは終宴までにこりともせず、料理飲み物には一切手をつけなかった。
 今回の進物オーダー表を送ってきた伊勢屋へすぐさま架電。進物相談所なる部署の女が対応した。つとめて冷静を装い話したのだが、どうにも対応がユルい。しかも口の利き方が、こちらの怒りスイッチ入力寸前のものなのだ。そばでそのやり取りをへらへら顔で見ている甥の手前、これ以上恥をかくことを恐れ「あんたでは埒が明かない。上席から折り返させろ。すぐにな」と言うのがやっとだった。  つづく