#058.自由業の履歴書⑦Rockとは何なのか?犬はギャンといって跳んだ

 剣道の先輩がライブを観にきてくれた。中学生時代、地元で面倒をみてくれたかなり年上の先輩だ。たしか、剣道で大日本押忍気合系の大学に進んだ、荒くれ者と噂の先輩であった。
 ライブ終了後、飲みに連れていってくれた先輩曰く「おまえがやっている音楽のジャンルはなんなんだ?」と。ロックです。「ロックとはなんだ?」反抗とかそういうことです。「反抗?なにに反抗するんだ?」世間とか常識とかそういうものにです。「反抗なんかしてねえじゃんか。一般常識の範囲内でやってんだろ?そんなもん反抗とは言わねえんだよ」悪い酒で、堂々巡りに論破説教されたのであった。挙句、先輩がやっている事務所に通いで出てこい、というのである。なんと、その先輩は芸能事務所を営んでいたのだ。そしておれは、先輩の運転手&雑用係&説教聞き役になった。
 先輩は、政治経済流通系大箱のイベント企画制作を生業としており、世間で名の売れた政治家文化芸能人との交流が盛んだった。そういった方々との面談、酒の席への帯同が主なおれの仕事となったのだ。
 打ち合わせ商談は酒席が多く、そうなると先輩はとにかく酒癖が悪かった。有名無名にかかわらず、年齢の上下も無関係に、相手がどのような立場であろうと、意に添わぬとなると食って掛かっていたのだった。帰りの車中ではお定まりの説教「ロックとはなんなんだ?てめえが、なにを、なんのために歌うのかを常に考えろ」と教わった。
 あるとき先輩から、護身用にスタンガンを手に入れたから、その効き目がどの程度のものなのかを実験してこい、との命をうけた。あの一般的な形状の、長方型電気カミソリみたいなやつね。…なんで突然、おれにそんなことやらせるなよ的ではあったが、従わざるをえないのであった。だって、すごく酔っ払っていて、怖い顔で言うんだもん。
 でもね、人体実験なんて、やるのもやられるのも嫌でしょ?だって、気絶するくらいビリビリするんでしょ?困った問題であった。
 しかし、実験した。多摩川を渡って八王子の山の上、大学校舎の道を挟んで前にある放し飼い牧場の牛のケツにである。牛は「ボボボー」と鳴き、嫌そうに振り返っただけであった。
 それを先輩に報告すると、案の定激怒。あんなデカい図体で試しても意味ないだろう、と。たしかにそのとおりである。しかし、そんなこといっても、それじゃ、なにで試したらいいのか…。ことばを詰まらせると、先輩はやおらスタンガンを掴み立ち上がって庭に出た。そして、飼っている大型犬に電気を放射したのだ。
 食いものでももらえると思い、尾を振って近づいてきた黒犬は「ギャン」といって1メートルほど宙を跳んだのであった。  つづく