#038.半地下室のメロディー

 中堅小学校教師の後輩が、人事のことで悩んでいた。20歳代の教師が、すぐ休職や退職してしまうのだそうだ。学校も人手不足、欠員の穴埋めもままならないとのことであった。
 後輩は、自身の業務以外に、若手教員の面倒見や各学級担任マネジメントも兼任しているのだ。彼が最近の小学校事情について語った。
 曰く、とにかく子どもたちに落ち着きがない。勝手放題騒ぎまくっていて、なかなか授業が始められない。中には、ほぼ「学級崩壊」状態のクラスもある、とのこと。そんなクラスの担任が20歳代、さらにそれが新任教師だったりした場合には手に余るのだ、とのこと。
 この話を聴いて、「まんまじゃん」と思いました。「まんま」とはむかしの、それこそ半世紀以上もむかしのまんま。落ち着きがなく、勝手放題騒ぎまくっていたのは、おれです。
 高度成長まっただなかの昭和後期、小学校に入学したおれのクラスを担ったのは、新任22歳の女先生でした。
 クラスは、小学校南東昇降口を入ってすぐ右の教室。準備室を挟んで東側最奥に音楽室がありました。
 とにかく、悪ガキばかりのクラスで、落ち着きがなく勝手放題騒ぎまくっていたものです。
 悪ガキたち勝手放題の事態は悪化の一途をたどり、やがて、朝登校後そのまま校外へ脱走、昼給食時に再登校というような毎日だったのです。女先生が黒板に向いたまま、その肩までの黒髪を震わせ泣いていたのを何度も見たものでした。しかし、それは夏休みまでのこと。二学期が始まると、女先生の対応が一変したのです。
 脱走後、給食を食べに戻っても「勉強しない子には食べさせない」となったのです。さらに、それに不平を言うと、襟首をつかんで印刷室に強制連行し閉じ込めるのです。印刷室は、南東昇降口を入って正面、半地下状の狭い部屋でした。真っ暗なここに鍵をかけ、悪ガキを閉じ込めたのです。
 ひんやりして真っ暗なこの部屋に、音楽室からの合唱歌が漏れ聞こえてきます。それが、なんとも侘しくもの悲しく響きます。歳七にして、人生の空しさ、孤独を思い知らされるのでありました。
 現代でも、保護者とのコミュニケーション、いじめ対応等は相も変わらず。英語やプログラミング等の授業量が増えているそうです。
 諸事情が複雑化した令和に、20歳代の新任がいきなり学級担任になるのには無理がある。いまや、教育現場、教える教師側にこそ「ゆとり」が必要なのだ、と後輩が珍しく顔を赤くして興奮、声高に力説するのでありました。
 …でもな、おれにそんなこと言われてもな的でありました。