むかしは子沢山の家がいっぱいあって、子どもが成長すると家を建て増したり庭にプレハブ小屋なんか造っていたものだ。
のぼるくんが四畳半のプレハブ小屋造ってもらったのは、たしか中学二年のころだった。小屋の中にベッドと勉強机があって、薄っぺらい本棚と小さなテレビがあるだけの部屋。それでも、うらやましくてよく遊びに行った。
ある日、のぼるくんが兄貴からビデオ再生機を借りてプレハブ小屋で裏ビデオを観るという。ビデオ再生機なんてまだどこの家にもない時代だったし、裏ビデオなんて噂でしか知らなかったころだ。
日が暮れた夕方、噂を聞きつけた同級生や先輩後輩たちがのぼるくんのプレハブ小屋に集まった。中には、名前や顔さえ知らない者もいる。部屋の電気が消され、鑑賞会が始まった。
画質が悪い。冒頭から再生画面が波打ち、音声はノイズまみれだ。それでも、やがてそれも落ち着いて、腕をからめた男女がどこかの建物に入っていくシーン。もちろん男女は服を着ている。
部屋に入った男女に会話などない。背景音楽もなく、定点のカメラが部屋の中の男女を映しているだけだ。
画面が移動した。大きな白いベッドが映る。プレハブ小屋の中のだれかが唾を飲む音がした。
すると突然、母屋方向から「のぼる、ご飯だよ」の声。のぼるくんのお母さんの声だ。のぼるくんがそれに応えずにいると、お母さんの声はさらに大きくなり、その声が近づいてくる。「消せ、消せ」のぼるくんの声だ。
お母さんの声はすでにプレハブ小屋の入口ドアの前にあり、「のぼる、あんた聞こえないの、ご飯だよ」と、ドアノブを開けようとする音。
「消せ、消せ」。テレビの前にいただれかが、かろうじてスイッチを切った。
「のぼる、あんたなにやってんの、開けないさい」
「なんだよ」と、のぼるくんがドアを開けた。「…あんた、ご飯」、二の句が継げずお母さんはドアをそっと閉じ、去ったのであった。
あのとき、息子の真っ暗な四畳半のプレハブ小屋のベッドの上、勉強机の上、床、ありとあらゆる隙間に男ばかり15人もが、点いていないテレビの方を向いて座っていたのである。
お母さんはどう思っただろう。
前号につづいて、まだwwwがこの世になかったころのお話でした。