#018.ハイエースの神様

 バス路線の減便や廃止が全国的に増えているそうだ。
 テレビの討論系番組で、コメンテイターのおねえちゃんが「ハイエースとかで一般人運転でもライドシェア運営できるよう規制を緩和すべきだ」的なことを言っていた。
 …そんな簡単に言うなよ。ハイエースの運転って難しいんだぜ、と思った。
 楽器運搬の必要性にかられ、ずっとロング型ハイエース人生を歩んできた。金なんかないから、ずっと中古もの、しかもとことん安価のおんぼろ乗り継ぎだった。
 ラジエターから冷却水が漏れつづけていて、荷室に20Lの水入りポリタンクを積んで走り、その都度その都度水を継ぎ足さなければならないというのがあった。ラジエターの水がなくなっていくのは水温計表示でわかるから。
 バッテリーが消耗してしまい、それを交換する金さえなく、毎日夜、坂の上に止めておいて始動時は下り坂を利用してのエンジン始動などというのもあった。
 なにより、ロング型は運転が難しい。最近ではミニバンブームもあってホイールベースが長い車は珍しくなくなったが、ロング型バンはエンジン上部に運転席があって目の前がほぼ垂直下最前面だ。大きい内輪差に増して右左折の際、独特な運転感覚が必要なのだ。バンドメンバーやスタッフに運転させると、必ずや左右横ボディーを電柱などにこすってしまう。だからもう、いつも傷だらけ。
 山梨県東部地区の市民会館でライブがあった。
 大きい会場だったので、後部座席を畳んで荷室を確保、楽器満載で中央高速を移動。メンバーは普通自動車で並走していた。楽器車を運転するのはおれ。助手席にスタッフ2名。
 大月インターを通過したころ、助手席のスタッフが「この車、なんか16ビート刻んでいませんか?」と言った。ばかやろう不吉なこと言うな、と応えたものの、たしかに「タカタカタカタカ」音が次第に大きくなる。
 やがて、笹子トンネルに入るや否や「タカタカ16」が「ダカダカ16」、「ゴンゴン16」に変化し、最期は「ゴゴン」といってエンジン完全停止。高速走行のまま起動セルさえ回らなくなってしまった。
 ことばを失うスタッフとおれ。なすすべなし。
 しかし、しかしである。この笹子トンネル、全長5㎞弱の後半が西に向かってずっと下り坂なのである。しかも、トンネルを出てから最寄りの勝沼インター出口までもずっと下り。
 インター料金所寸前でスタッフを降ろし、料金所のおっちゃんに「いまから、あのハイエース通過します」と言わせた。そして、メンバーらが乗る車にけん引させ国道20号を西進、なんとかぎりぎり時間で演奏会場入りできた。
 野球には神様がいるそうだが、ハイエースの神様に救われた出来事だった。