#017.そして、だれもいなくなってしまった

 実家台所天井の照明を蛍光灯式器具からLED式器具に交換してもらった。蛍光灯はもう生産されなくなるとのことだ。古い蛍光灯式器具は電気屋が持ち帰ったが、リモコンだけが残っていた。
 色褪せたリモコン。猫が噛みついたのだろうか、歯形のような傷がある。その猫もとっくにいなくなっていたし、ここではしばらくだれも生活などしていなかった。
 リモコンから電池を抜きとってから眺めていて、むかし母方の祖母にプレゼントした醤油瓶のことを思い出した。
 祖母の台所に、傷だらけで、注ぎ口を兼ねたふたの部分にひびが入った醤油瓶があったので新品をプレゼントした。
 ところが、祖母が亡くなった後、その新品の醤油瓶がプレゼント包装のまま食器棚の奥にしまってあるのを見つけた。どうして使わなかったのか、と。
 祖母は山梨県の農家、大家族の主婦だった。庭の南に自家用の野菜畑があって、桃、柿、林檎などの木もたくさん植わっていた。
 祖母は、四男二女を育て上げ、それぞれが家を出たが、別棟に長男夫婦が孫二人と暮らしていたのだった。
 夏休みには各方面から孫たちが集結して、それこそ合宿のようにして過ごしたものだ。一升窯に炊きたてのご飯、大鍋の味噌汁、朝どれの胡瓜、トマト、大量に割られた生卵の大皿が食卓に並んだ。そこには、あの傷だらけの醤油瓶もあったのだ。
 そうか、いくら傷だらけでも、ふたにひびが入っても、それは祖母にとって大事なものだったのか。夫婦が、子たちが、孫たちが皆で使って、賑やかで懐かしい思い出が詰まった醤油瓶だったのか。新品が手に入ったからといって捨てられるようなものではなかったのだ。
 祖父が死に、うちのお袋も死んでから四男二女も欠けはじめ、大勢の孫たちもずいぶん年を取った。もう皆で集まることなどないだろう。きっと、日本全国どこにでもあった風景なのだろうが。
 懐かしき昭和哉。野焼きのにおいがする。夏休み、大勢での賑やかな朝ご飯食卓回想シーンに古びた醤油瓶が加わった。
 きっと、このリモコンも捨てられないものになるだろう。
 …そして今朝、ここからも、だれもいなくなってしまった。