酒を飲み始める時間がだんだん早くなってきていてアセっている。
日が沈んでからが、市の夕方チャイムが鳴ってからに。大相撲中継も幕の内土俵入りで今日は昼飯食えなかったからもういいか的にと、どんどん早くなってしまった。要は、暇さえあればしょっちゅう酒飲んでいるといったことで、困ったもんだ。
近所に、午後4時開店の昭和の時代からずっとやっています風居酒屋があって、時間が合えばよく行っていた。間口二間のガラス引き戸、コの字型カウンターの中に頑固親父がひとりっきりで、客席数はギュウギュウに詰めても15といったところだ。もちろんカラオケなんてないし、薄型じゃないあのデップリした小型テレビが冷蔵庫の上に置いてあるだけ。小さい音でテレビは点いているけど、チャンネル選択権は親父にしかない。
あるとき、まだ夜浅い時間帯に暖簾をくぐった若い男の客に、親父が「あっ悪いね、今日はもう終わりなんだよね」と言って入店を断った。そこで、若い男が去るのを見届けてから「もう終わりなんですか?」と問うと「あいつ気に入らねぇんだよ」とのこと。出入り禁止宣告なのでした。
店の料理は焼き物中心。とはいえ親父ひとりで切り盛りしているわけだから、そこは客もわかっていて、間合いを読んでの注文が求められるのだ。矢継ぎ早にあれもこれもなんてダメなのね。
こういう昭和的な居酒屋は流行りなのだろうけれど、伝統筋金入り本物店は絶滅危惧種だ。そりゃそうだよな、長くやればやるほど店を営んでいるジジイもババアも年取るわけだから。
若い女の子にも人気で、うちに来る仕事関係の子たちなどをよく連れていったりもしていた。もちろん、静かに飲むのだよと前説したうえでね。
ところが、である。こないだ夜浅い時間に暖簾をくぐると、即座に親父が言ったものだ。「あっ悪いね、今日はもう終わりなんだよね」と。
なんで、なんで、なぜですか?…ひとりで行くときはいつもおとなしく飲んでいるじゃないですか。…そりゃあ、何人か違う女の子を連れていったこともあるけど、ぜんぶ仕事がらみですよ。やってなんかいませんって。今でも松坂慶子さんのファンですよ。親父さんとはもう十年以上の付き合いじゃないですか。
ひとり夜道を歩きながら自問自答したのでありました。
酒飲む店を一軒失っただけで、酒を飲み始める時間は早まるばかりで困ったもんです。